遊ぶ待っとうよ、福岡おもちゃ美術館 準備室日記

福岡おもちゃ美術館スタッフになるには?長い道のり編

2021.09.17

福岡おもちゃ美術館のスタッフって、いったいどんな人?実は、長い長い物語があって、ここにたどり着いたスタッフがいたのです。

福岡おもちゃ美術館スタッフになるには?長い道のり編

こんにちは。おもちゃコンサルタントの大仁香織です。

私、大仁香織は2022年4月から、福岡おもちゃ美術館でスタッフとして働きます。
(上の写真の左から、詰坂晴代、大仁香織、石井今日子、です)

これには、さまざまなご縁がありました。
今回は、私が福岡おもちゃ美術館スタッフになるまでの道のりをお話します。

はじまりは42年前の絵画教室

芸術と遊び創造協会と私の最初のご縁は42年前に遡ります。

私は小学校4年生の時に父の仕事の関係で福岡県から東京都杉並区へ引っ越しをしました。
今でこそ武田鉄矢や博多華丸・大吉のおかげで福岡弁が浸透していますし、福岡でも標準語を使うことが多く、言葉の壁はさほど高くありませんが、当時の私が話すコテコテの福岡弁は同じ小4の児童が理解するには難しく、なかなか友達ができませんでした。

そんな私を、母はいろいろなところへ連れ出してくれました。
私は絵が好きだったこともあり、母は夏休み中に中野で開催された小学生を対象とした絵画教室に参加させてくれました。それが芸術教育研究所主催のものでした。
テレビ局が取材に来ていて、私はピンク色の服を着て夕方のニュース番組にチラッと出たのを今でも覚えています。(東京はすごいなぁ〜って感動しました)

2回目の出会いは25年前、私が青年海外協力隊に参加して、現地に持っていく本の一つに多田信作前館長の書かれた「おもちゃ工作全集」がありました。
この本は現地の隊員の中でも人気となり、よく活用されたので現地協力隊員事務所に寄贈して帰国しました。
(帰国後、改めてこの本は購入しました)

長男誕生後、おもちゃコンサルタントとして始動

3回目の巡り合わせは17年前、長男が1歳になる頃に子どもの遊び・おもちゃに興味を持ち、おもちゃコンサルタントの通信生となりました。

おもちゃコンサルタント資格取得後は地域の公民館などで「おもちゃの広場」を開催しました。

まずは一緒に活動してくれる仲間を作り、2ヶ月に1回2日間の「おもちゃの広場」を開催。最初は知名度もなく、信用もなければどんな団体かも理解されないので場所を借りるのも一苦労。
しかし、少しずつ理解され始めると他団体などからも依頼が来るようになりました。

しかし、私の夫は転勤族。4〜5年ごとに引っ越しです。

引っ越してもおもちゃの広場の活動は続けていましたが、知らない土地で「仲間作り→立ち上げ→活動→認知度向上→活動拡大」と作り上げていくには年月とパワーが要ります。

やっとここまで出来た!と思った頃には新しい土地へ引っ越し、振り出しに戻る。
3箇所目の引っ越しが決まった頃に多田館長に泣きごとを言った事があります。

その時の多田館長の言葉は
「大仁さんは種まきの人なんだよ。行った先々で種を蒔く。それも素晴らしいじゃない」
そう言われて納得し、頭の中にはゴッホの「種蒔く人」の絵を思い浮かべたのを覚えています。

引っ越し5箇所目の福岡に、おもちゃ美術館ができる!

おもちゃコンサルタント5箇所目の活動場所となった福岡ですが、越してきて間もなく福岡おもちゃ美術館ができることを知り、スタッフとして参加させてもらうことになりました。
多田館長からは「大仁さん、やっと農耕民族になれるね〜」と(笑)

現在、福岡おもちゃ美術館開設準備室でお手伝いをしております。
初めてのことばかりで毎日アタフタしておりますが、どうぞよろしくお願いします。

来春、待っと〜よ♪ 福岡おもちゃ美術館!

* * *

2022年春にオープンの福岡おもちゃ美術館 開設準備室のスタッフがリレー連載でお届けします。
次回もお楽しみに!

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福岡おもちゃ美術館
執筆者2022年春オープン!福岡おもちゃ美術館準備室です
福岡おもちゃ美術館
2022年春オープン!福岡おもちゃ美術館 開設準備室から、スタッフがリレー連載します。

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